愛であり、宇宙である
海中で「生命と美の源光景」に遭遇したことは、過去の芸術的概念を一掃する出来事となった。以来、生命の輝きとは何か…あるいは、美とは何かの本質について新たな探求を 始めることになる。彫刻家 (美術家) である私が驚嘆したのは、海に潜ることにより得体の知れない複雑な感情を体感したことである。それは、静けさの中に”命のざわめき”が入り混じった不思議な感覚だった。そのことを強いて言葉に直すと、それは『懐かしい』…の一言になるかもしれない。人が海に入ることにより、かつては魚であった時代の微かな記憶が蘇ってくるからなのであろうか…。あるいは、私たち生命の故郷である『海への帰巣本能』の成せる感覚なのかもしれない。
私は『海中の色彩の発見者』と呼ばれて来た。海中の色彩世界は、気の遠くなるような時間をかけて創り出されてきた『命あるもの彩り』で満たされている。そこで私が身をもっ て体感し、捉えたすべての情景が彫刻家としての造形力を基盤の上に、作品として構築さ れている。それが伊東アートだと思っている。従って、写真はあくまでも表現手段としてのメディアであり、美術のジャンルを超えて表現する芸術的概念の構築だと考えている。 それは、『アートとは何か?』…への問いかけでもあるのだ。 美とは『秩序のことである』…と言える。その秩序とは『知性』のことであり、『愛』 であり、『宇宙』でもあるのだ。生態系を守り続けている海の生き物たちは、『そこに居 るだけで知性を光らせている』。だから、地球の生態系を壊し続け、秩序を乱している人間に、果たして本当の知性が存在しているかどうかは疑わしい。そこには人間の愚かさが常に見え隠れしているのだ。自然が壊れた分だけ人の心が壊れていることに、人類は未だ 気がついていないのかも知れない。
私は、生命の根源である海中世界を、芸術を通して『より美しく!より感動的に!』表現することにおいて、環境保全への警笛を鳴らし続けてきた。命がけで製作に打ち込める のは、それらの作品が大人のみならず、明日を担う子供たちの心に響くことができ、彼らの人格形成の一部に資することにある。そのことが私の願いでもある。刻々と悪化の一途を辿る地球環境に身を置く私たちは、今、大きな岐路に立たされている。人々が、『美しいものを美しい!』…と、素直に言える心のゆとりを取り戻したときに初めて、人類は進むべき道を模索し始めるのかもしれない。美とは秩序のことであり、愛であり、宇宙だからだ。
伊東 昭義 / Akiyoshi ITO
美ら島 沖縄大使
伊東昭義は日本の芸術家・教育家・著述家である。
特に伊東は『海中芸術写真』の世界的先駆者・第一人者として知られ、彫刻的造形感覚と色彩感覚を融合させた表現で国際的に高く評価されている。
日本大学芸術学部美術学科・彫刻専攻卒後、彫刻家としての作品発表と併せて、その造形力を基盤に、海中の光・水・生命を主題とし、写真を表現媒体とした独自の芸術世界を確立した。
代表的理念に『奇跡の海物語』にみる、自然との調和と共生、生命の根源的な輝きを一貫したテーマとしている。
その活動は、美術・文学・教育にまたがり、国内外(スミソニアン・ユネスコなど)で展覧会を開催した。
著書・作品集に『奇跡の海』『海・色彩と造形のきらめき』『海には海の詩がある』など多数あり、それらは、詩学・哲学・科学的バックボーンに支えられている。
環境保全や次世代教育にも力を注ぎ、芸術を通じて『生命と自然への敬意と感動』を伝え続けている。それは、地球が最も美しく華やかだった時代の記録でもある。
1994年:『伊東昭義の世界展』 於:東京芸術劇場
1995年:『伊東昭義・沖縄の美しき海中世界展』 沖縄戦後50周年記念巡回展 於:JALホテルグループ5社
1998年:『伊東昭義・フィリピン独立100周年記念展』 於:関西国際空港(後援:フィリピン観光省)
2000年:『伊東昭義・沖縄サミット記念展』 -奇跡の海・沖縄- 於:リウボウホール(後援:外務省)
2002年:『伊東昭義・海中アートの世界』 於:リウボウ美術サロン
2003年:『伊東昭義・海中ミュージアム』 於:笠間日動美術館
2004年:『伊東昭義・竜宮の海』 於:渋谷東急本店
2005年:『伊東昭義・国立スミソニアン展』 於:アメリカ・スミソニアン S. Dillon Ripley Center International Gallery
2006年:『伊東昭義・竜宮伝説』 於:酒田市美術館
2007年:『伊東昭義・竜宮物語』 於:しもだて美術館
2012年:『伊東昭義・国立ポルトドレ宮殿・ギャラリー展』 於:フランス・パリーフランス文化省招聘による。
2012年:『伊東昭義・国立アリナリ写真美術倶楽部』 於:イタリア・フィレンツェ(美術館に作品と資料が永久保存され、イタリア3大全国紙にそれぞれ一面を飾り論評された。)
2014年:『伊東昭義・竜宮伝説』 於:伊東昭義美術館
2015年:『伊東昭義 in パリ・ユネスコ展』 於:UNESCO(国連・教育・科学・文化機関)(後援:フランス政府・モナコ公国・ユネスコ日本政府代表部・日本ユネ国内委員会)
2015年:『伊東昭義・フランス巡回展』 ユネスコ日本政府代表部が伊東に代わりパリを中心に作品を無償にて貸し出し巡回店を継続中である。
2016年:『伊東昭義・ユネスコ展開催記念展』 於:伊東昭義美術館(後援:フランス政府・モナコ公国・ユネスコ政府代表部・日本ユネスコ国内委員会・沖縄県)
2017年:『伊東昭義 展』 於:三浦 美術館にてユネスコ展開催記念展を行う。
『k°ケルピン』/『生命の色温度』(風鳴堂書店 1994年)
『からだとこころを創る幼児体育』(日本放送出版協会 1995年)
『奇跡の海』(光村推古書院 1999年)
『奇跡の海・沖縄』(光村推古書院 2000年)
『伊東昭義作品・集竜宮の海』(求龍堂 2010年)
『海には海の詩がある』(角川学芸出版 2010年)
『海・色彩と造形のきらめき』(求龍堂 2020年)
『公演の天使たち』(求龍堂 2022年)
『原野を走る天使と悪魔』(三省堂書店・創英者 2024年)
『奇跡の海物語』(求龍堂 2025年・本書と求龍堂からの前2冊の著書と共に全国の公立図書館に収蔵された。)
元大手新聞社のカメラマンであった伊東昭義の父信義は、愛馬にまたがり、時には愛馬をハーレーダビッドソンに乗り換えて荒野を疾走する冒険家でもあった。また、絵を描き、書道をたしなみ、カメラを製作したり、当時自家用車が珍しかった時代にロールスロイスを自分で整備しながら乗り回していた。さらには、小学校の体育館を買い取り、巨大な写真スタジオに改装して新境地を切り拓いたかと思うと、一転して土木事業に進出し、道路を拓き、橋を架けることに情熱を燃やしていた。信義は職業に垣根を作らないクリエーターであった。つまり、文化人と起業家としての才覚を兼ね備えた人物だったようである。
伊東昭義はその父親の血をそっくり受け継いでいた。幼少の頃の伊東は郷里 (金沢) の山河を駆け廻り、海に潜り、一年中自然を相手に格闘していた。正に自然児そのものであり、彼の思想の構築に重大な影響をもつことになる。ー方、家の中にはプロ用カメ ラが何台も置かれていて、小学生の伊東にとってのカメラはおもちゃ代わりで、写真が特別な存在ではなかったようである。小学生の4年生頃には絵の才能が芽生え、画家になることを宣言して周囲を驚かせ、中学生になると彫刻に目覚め、全国大会でグランプリを取るなど頭角を現わすこととなる。それら数々の賞状を父親が壁一面に画鉄で止め、親バカとも言える記念撮影をしたが、学校から帰るとそれらの賞状は、二階の窓から花吹雪のように撤き散らされていた。そのことを問い正すと、一言『賞に頼る人間になるな』であっ た。
画家への志も高校生になると陶芸家の道へと変貌し、在学中に北陸現代展にて早くも作家デビューを果たしているが、ヘンリームーアの『彫刻』との出会いが、その後の人生を大きく決定づけていっ た。大学卒業と同時に美術研究所を設立し、彫刻家としての華々しいスタートを切り、有名美術団体でのグランプリや、現代日本美術展への出品へと踏み出していくが、それらは同時に『賞に頼らない生き 方』を思い興させることでもあった。
芸術という枠に納まりきれない伊東の創作意欲は、以後、芸術以外への社会貢献を模索することになる。折しも、都市化とモータリゼーションの波は、子供たちから遊び場を奪い、人間の存立基板と言うべき『運動能力や体力』を低下させ、人類が築いてきた対自然観さえも歪めてしまうことを危惧した伊東は、未知なる教育分野である『幼児体育』の創始者として、クリエーショナルなアプローチを展開させることになる。幼児体育の方法学・運動処方と指導体系・これらは伊東昭義の思想体系へと組み込まれ、日本全土に影響を与えてきた。
幼児体育を世に送り出した伊東は、『生命の源流と美の本質』を壮大な海に求めて、真の芸術への探求を開始する。なにかに導かれるように沖縄の海と出逢うことになった伊東は、かつてない衝撃を受けることになり、以後、伊東は沖縄から世界の海を巡り、その新たな思想の展開と集約が『美術写真』という領域に先鞭をつけることになったのである『彫刻』に始まり、『幼児体育』から『海中芸術』へと続き、それら文章表現を伴った伊東の宇宙には、自然に対する大いなる喪敬の念と、普遍の愛や美意識で見事に統ーされることになったのである。
それは、生命の源である海中の生きものたちの美しさを芸術に封じ込めた、青い地球(ホシ)の記録でもある。国内の美術館やデパートから、米国立『スミソニアン』での個展。フランス国立『ポルトドレ宮殿・ギャラリー』・イタリア国立『アリナリ写真美術館』を経て、『ユネスコ』(国連・教育科学・文化機関)展へ・・・。それは、ユネスコが認め、世界のメディアが絶賛した伊東芸術そのものであり、そこには、『美術写真』という未踏の頂への長い道のりがあった。
伊東昭義氏は,その独創的な海中芸術作品により国際的に高い評価を受けています。彼の作品は, 「海中の色彩の発見者」として賞賛され、海中世界を芸術に昇華させた「美術写真」と言う新しいジャンルを確立しました。彼の作品は、写真技術にとどまらず、詩的・哲学的・科学的メッセージを内包している点でも、独自の芸術性が認められています。
伊東氏の国際的な評価は以下の主要な展覧会を通じて築かれました。
◎ スミソニアン美術館(アメリカ・スミソニアン・インターナショナルギャラリー)での個展では、15人の有識者による適正な審議と予算委員会の決定により正式に招聘され個展を開催されました。通知書の内容は『作品の芸術性は勿論のこと決定的になったのは伊東氏の人間性でした』とあった。『まだお会いしてないのにどうして人間性が解るのですか』と尋ねると『それは作品集の中の詩を読めば解る』だった。観客動員数は50.000人に達した。
◎ ポルトドレ宮殿美術館(フランス)での個展は、フランス文化省に招かれ,開催。マスメディアからは「伊東はを深遠なる海中世界を高貴なる芸術に昇華させた先駆者である」と評されました。文化大臣を始め各閣僚が訪れるなど、日仏文化交流の先駆けとなった。
◎ アリナリ写真美術館(イタリア)での個展では、3大全国紙の一面を飾り、初日には、招待客100名のレセプション時に、約400名の市民が訪れるなど大きな注目を集めました。
◎ ユネスコ本部(フランス・パリ)での個展は, 2015年にスペシャルゲストとして招聘され開催。ワールドオーシャンズデイの会議に参加した。国王や政府代表者,有識者を含む約1200名の注目を集め、,さらにユネスコ職員約2000名やユネスコ大学学生、ユネスコ保育園園児たちや一般参加者を含め高い評価を受けました。『伊東氏の芸術の持つ力が全ての催事を一つにまとめることになった』とユネスコ副統括官が語った。
◎ 政府主導での教育巡回展
今回のユネスコ展覧会では、現地パリの日本政府代表部全権大使からも直々に、日本の代表として唯一の参加、そして、皆様に感動を与える作品を発表したことへの謝辞と後援を受けることになった。合わせて、ネスコでの短い開催期間にとどまらず,地球の未来を狙って行く子供たち、若者たちのために、パリの学校を中心に政府主導で作品巡回展が決定。現在も継続中である。
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